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<令和2年度 第4回 図書館リレーインタヴュー 言語聴覚学科 助教 田中良先生へのインタヴュー>

※本記事に掲載している書影はすべて出版元の使用許諾のもと使用しています。

こんにちは。図書館です。
本日は、図書館リレーインタヴュー第4弾をお届けします。

今回は、私、言語聴覚学科 助教 田中良が学生の皆さんにお勧め本を紹介したいと思います。

Q. 自分の専門に関してのお勧め本は?

A. 私の専門は言語学ですが、言語と通して見ると人の関係性や傾向などが見え、それが最も面白いところだと思います。
その面白さを知ることができるものとして、東照二著『社会言語学入門 改訂版』(研究社)、
泉・K・メイナード著『日本語教育の現場で使える 談話表現ハンドブック』(くろしお出版)などがいい本ですね。

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『社会言語学入門』の方は、あまり文法的なことに触れず、人同士が言葉を使うときに、
お互いにどんなことに実は気を付けているのか、無意識にどんなやり取りが行われているのかがとても分かりやすく書いてあり、
気軽に読めるので、とてもためになり面白いです。
たとえば、オーディエンスデザインというものがあり、会話を直接している話し手と聞き手以外も、
話し手の発話傾向に影響を与えるというものです。
目の前で男同士で話していても、教室の2つ向こうの席に好きな女の子がいた場合、
その子に聞かれてるかも、と思っていたら話し方も変わりますよね。
単にその場にいるだけで会話に参加していない人は実は会話に影響を与えているなど、このような項目をたくさん知ることだできます。
 『談話表現ハンドブック』は、日本語の文法などが実はどのようなニュアンスを持っているかが1つ1つ書かれています。
たとえば、同じ文の中で「は」が付いている名詞はその文のトピックで、一度「は」がついてトピック化された名詞は、
以後その会話の主役としてその舞台のステージを支配し続けます。
たまには「が」がついた主語が表れても、それは単にその一瞬だけスポットを浴びるだけで、
やはりその後ろには常に「は」のトピックがあり続ける、などのことがあります。
話し手は主題として表現した人の視点を自分の視点と同一視して、その人の視点から世界を描写します。
 このような言語学の知識をたくさん持つと、実際の会話のやり取りを、その発話内容自体ではなく、
やり取りに現れる発話者の無意識的な気持ちなどを分析することができるようになります。
東照二著『言語学者が政治家を丸裸にする』(文藝春秋)などはまさにそれを行った本で、
歴代首相を中心に過去の政治家がから選りすぐった数人の言語を深く分析しています。
 このように言葉の仕組みを知ることは、人を知ることに深くつながっていくと考えています。

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Q. 専門以外でも広く学生にお勧めの本は?

A. 小説としてオースン・スコット・カード著『死者の代弁者』(ハヤカワ文庫) (Orson Scott Card "Speaker for the Dead" Tor Books)があります。私は21歳のときに読んだんですがとても面白かったです。
SF小説で日本では2014年に公開された映画にもなった『エンダーゲーム』という小説の続編で、
2015年に新訳版が出ています。
続編としての小説ですが、前作とストーリー的にはほぼつながりが無く、
必要な要素は作中できちんと触れられるので問題はないです。
SF小説ですが、本質は他者理解の話だと考えています。それも目の前の家族や友達への理解などのレベルを超えて、
生態系も生体構造も精神構造も全く異なる異星生物を理解する話になります。

 ある時は自分たちと同じような感情や道徳心を持っているように見えるのに、
ある時では非常に残酷にしか見えない行為もする生物をどのように理解するか。
こちらの誠実さや正しさや悪意のような価値観に照らし合わせて考えることはできません。
生物としての根本の原理自体が違うので、まずそれを深く知る必要があります。
「無知と偽りでは誰も救えないんです。知ることでしか救えない。」というセリフも出てきますが、
このように自分に染み付いた価値基準からいったん離れる必要があります。
また自文化中心主義的に相手が自分の価値基準から見た状態に達していないことを憐れみ、
変容させようとする姿勢への批判もあります。とにかく純粋に相手に関する知識を得、相手の視点に入り、
相手を見ていくことでやっと見えてくるというお話でした。

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 これは、ただのお話を超えて、他者理解の本質なのではと考えています。
男女という違う性を持った人、老人や小児という世代や発達段階の違う人、知的や精神などに障がいを持った方、
外国などの異なる文化の中で育った人、病を抱えて生きる人、人間以外の動物、など世の中には
多くの生物がいます。大学生の皆さんは専門分野によりますが、
今後社会に出てこのような多様な人々や生き物に対して仕事をしていくようになります。他者に向き合うときに、
自分の感性だけで相手を見てしまうことは、決めつけやあてはめになってしまうことに気づくことが大切で、
自分でもなかなかできていないですが気をつけるようにしています。

 SFの面白さは今の自分の世界とは全く前提の違う世界では人はどのような行動をとり、
どういう社会になるのかの思考実験の結果を見られることだと思います。
 同じような面白さを持ったものに古典があると思います。
時代の違う文化の中では根本的な考え方も感じ方も善悪の基準でさえ違います。
 たとえば、『今昔物語』があります。平安時代の書物ですので原文が難しかったら、
福永武彦訳『今昔物語』(筑摩書房)があります。
これも約1000年前という全く違う時代の価値観で書かれているので、何気ない描写やさも道徳的な事柄が、
現代の価値基準で読むと驚くような感覚を得られます。この中でも特に
「わが子を捨てて逃げた女の話」(原文では巻二九第二十九「女、乞匂ニ捕ヘラレテ子ヲ棄テテ逃ゲル語」)なんかも、
現代の感覚で見るととんでもない行動のように感じますが、この中では感心な行為のように評されてます。
やはり自分の価値基準だけで相手を決めつけられないことを思い知らされます。

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 古典の面白さはそういう点であり、それはSFと共通していると思います。
 古文の世界を楽しむために、ガイドとないような本として山口仲美著『日本語の古典』(岩波新書)があります。
古事記から源氏物語、南総里見八犬伝などいくつもの古典文学を成立年代ごとにまとめて紹介し、
テンポよく面白いポイントだけ抜き出して解説してくれる本で自分にとって面白そうな古典を
見つけることができます。その後は現代語訳で十分ですので色々読んでみるものいいかと思います。

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 これから皆さんは多くの方に出会い、多くの方のサポートをする機会が多いと思います。
他者への理解のためには、まずは決めつけない、幅広く深い知識が土台に必ず必要になると思います。
本を通じてそれに触れてもらえると嬉しいです。
                                       (言語聴覚学科 助教 田中良)