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<令和2年度 第5回 図書館リレーインタヴュー 作業療法学科 教授 中川昭夫先生へのインタヴュー>

※本記事に掲載している書影はすべて出版元の使用許諾のもと使用しています。

こんにちは。図書館です。
本日は、図書館リレーインタヴュー第5弾をお届けします。
今回は、私、作業療法学科 教授 中川昭夫が学生の皆さんにお勧め本を紹介したいと思います。

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1)リハビリテーショントレーニングの究極の対象となる脳の機能について
  本学は、様々なリハビリテーショントレーニングを行う学科を持っています。
それぞれの専門領域に対応したトレーニングを学んでいますが、それら全般の共通した対象と言えるのは、
脳であると考えています。しかし、脳というのは、宇宙よりも複雑と言われているように、
機能的にも複雑で細分化されているとともに、少し前までは、再生もしないし機能の変化もしないものといわれてきました。
しかし、今回紹介するラマチャンドラン他著の「脳のなかの幽霊」では、主に障害を持った人の様々な症例と、
特定の部位に障害があることがわかっている症例から脳の機能を理解するということを、
脳科学の研究者向けではなく、一般向けに紹介と解説を試みたものです。
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 この著者は、著名の神経学者であり、多くの障害者の臨床経験と卓抜した発想、そして、fMRIやPET、
経頭蓋磁気刺激装置など現在の新しい診断機器などを使うことで、従来ではわからなかった脳機能の分化と
相互関係を研究する手法を開発しています。
本書での最初は、上肢切断者の幻肢を扱っています。
幻肢とは、切断によって失った腕や手のイメージが残っていることで、100年以上も前から報告され、
切断の臨床でも当たり前のように経験するものですが、症例によっては、なくなった手や腕が痛むこともあり、
これを幻肢痛といいます。これを「鏡療法」を用いて治療することができる場合があること、
そして、その神経学的なメカニズムを実験的に説明できるようにしました。
さらに、その応用として、脳卒中などで動かくなった手についても「鏡療法」を用いることで、
治療を進めることができる場合があることも実証しています。
もちろん多くの症状については、神経学的に説明ができて、治療法まで開発できているのは少ないようですが、
従来は症例報告などで不思議な症状として報告されてきた疾患についても
神経学的に説明できるものなどの例が記載されています。

例えば、手の切断を受けた人が、顔のある部分を触れられると、幻肢の手の指などを触られているように感じる場合があるのは、
脳の中の運動支配野の配置(いわゆるホムンクルスの脳地図)で、手と顔の部分が近接した位置にあり、
切断によって、脳地図の中の手の支配部分が拡大して、隣接する顔の部分に領域を広げたことによると説明がされています。
同様に、脳卒中などでしばしば経験する半側無視という症状についても、見えていないわけではなく、
見えていても無視してしまうこと、だだし、右脳の障害によって左側半側無視は起こるが、左脳の障害によっては
起こらないことから、これには、右脳と左能の機能の違いに起因していると考えられることなどが説明されています。
さらに、無視しているはずの空間内のことについても、本人の意識には上がってこないけれども、
自分自身の中の気づかれない意識の部分では認識されていて、それを実験的に確認することができる場合があったこと
などについても書かれています。自分が半身まひになって、手や脚が動かない状態になっても、
自分自身では動いているように思ってしまうという病態失認についても、ある実験を行うと、
自分自身で麻痺側の手や脚は動かないということを言うようになるけれども、次の日になれば、また、元の状態になってしまう、
という例も紹介されています。これらのことから、自分自身の中に、自分の意識に上らない自分がいて、
そこでは、意識とは別の認識を行っているという例もあることから、本書のタイトル、「脳のなかの幽霊」がつけられたとも書いています。
脳の機能の障害の中には、親と一緒に生活しているけれども、自分の親とは認識できなくて、
偽の親であると主張する人があるけれども、その人が電話で親と話すると、この親は自分の親であるということを認識できる例や、
健常者の側頭葉を刺激すると神を感じた例、子どもなのに芸術的は絵を描くことができたり、見ただけで風景の詳細を覚えて、
後でそのまま絵を描くことができるサバン症候群の例なども、可能な範囲で説明されています。
健常者も何割かの人に見られるようですが、数字に色がついて見える人など、様々な興味深い症状とともに、
分かっている範囲での脳機能からの説明など、読んで面白いと思うような症例とともに、
授業で学ぶ脳機能や様々な疾患や障害のバックグラウンドを理解するためには最適な書物といえると思います。
 
 「脳のなかの幽霊 ふたたび」は、著者が2003年にイギリスの一連の市民講座を行った時の話をまとめたものとして、
「脳のなかの幽霊」に取り上げられていた脳科学の話から始まって神経科学の観点から芸術を考えるところまで広げてみるという内容です。
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 これらの脳科学の研究では、様々な症例に驚くと共に、研究の方法にも興味を惹かれます。
現在は統計的に立証されなければ、研究は認められないということが多くなってきていますが、
ここに紹介されたような例は、少数、あるいは一例の、しかも、障害を受けたことによって、初めて観察される症状であり、
健常者をいくら多数研究してみても得られない症状とい場合があります。リハビリテーションの一部にもいえることであり、
どちらの方法が優れているというわけでもないということや、現在は、脳の機能については一部のことがわかるようになっただけで、
脳全体は、まだまだ、わからないことばかりであることも書かれています。

 次に、ジル・ボルト・テイラー著「奇跡の脳ー脳科学者の脳が壊れたとき」は、脳科学者である著者が、
実際に左脳の脳卒中を発症したときの時間経過とともに、自分自身にどのようなことが起こっていたかが書かれています。
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 理論的にものを考える左脳が機能を停止したために右脳優先になり、
名刺に書かれた電話番号などは見えるけれども理解できない、という状態や、脳卒中を発症しているのに幸福感を
感じてみたりするという不思議な体験も、先に「脳のなかの幽霊」シリーズを読んでいたので、
何が起きているのがが容易に理解できました。しかし、もっと驚いたのは、私の知り合いが気功術を受けた時に、
身体と周囲の世界の境界がなくなって融合しているように感じたという体験を聞いていたのと、
この著者の左脳機能停止による右脳支配の状態が全く同じ表現であったということでした。
自分自身では体験できなかったのですが、左脳の機能が停止して、右脳優先で感じる世界というものを理解できたように感じる書物でした。
そして、世の中には、そのような体験をできる人がいるということも理解できるきっかけになる書物でした。
このジル・ボルト・テイラーによる講演はNHKのスーパープレゼンテーションでも放送されましたし、
現在は、YoutubeでもTEDとして日本語字幕付きや日本語吹き替え版を見ることもできますので、
予め、TEDで見ておいてから本を読まれる、より深く理解することができると思います。
https://www.youtube.com/watch?v=BsSWaYITW4g

2)最近よんで止まらなくなった小説シリーズ
 最近、世代のギャップなどの話が良く出るのですが、私たちが持っている価値観の基礎になるのは、
私たちを育ててくれた親の育った時代の価値観であり、また、私たちの親が持っていた価値観というのは、
私たちの親の親、すなわち、祖父母が生まれ育った時代の価値観に影響を受けているということに、最近気づきました。
私の例でいうと、私の母親は大正4年生まれで、その母親である私の祖母は明治12年生まれです。
3世代同居家族の中で育ちましたので、母と祖母、両方の影響を受けて育ったといえるでしょう。
そうすると、私の中にある価値観は大正時代に基礎を置いていたり、明治初めの時代の影響を受けているのかと思うようになりました。
そう考えてみると、江戸時代の時代小説も、身近なもののように思うようになりました。
そこで、最近読んでみて面白かったのは、今村翔吾著「羽州ぼろ鳶組」シリーズでした。
もちろん、現代の作家による創作ですので、江戸時代を正確に再現できているかどうかはわかりませんが、
久しぶりに血沸き肉躍るという感覚を覚えさせてくれたシリーズでした。
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 この「羽州鳶組」シリーズは、江戸時代中期の江戸火消しのうち、大名火消しの一つである新庄藩の火消し組の活躍の話であり、
シリーズのうちに、様々な人々のつながり、火消し技術の競争、江戸の華と言われた火消しの活躍、
家事を想定した江戸のまちづくりなど、読み始めると止まらないという経験をしました。シリーズの最初の「火喰鳥 羽州ぼろ鳶組」では、
主人公の松永源吾、別名「火喰鳥」が新庄藩の火消し組を立ち上げるため、メンバーを始めるところから始まります。
主たる火消しには、相撲の関取や軽業師、一流の風読み(今でいう気象予報士?)がリクルートされています。
当時の火消しには、火事の延焼を防ぐため、火事の現場に到着すると、まず、風読みが、その季節、その日の気象から、
消火活動中の風の方向や気象の変化を読むことで、火消し組の配置を決めることになります。
当時の火消しというのは、消火ポンプである龍吐水(りゅうどすい)もありましたが、主たる火消しの方法は、
延焼を防ぐために町屋の打ちこわしを行うのが普通で、そのためには、力持ちの関取が活躍できるし、
屋根に上がって火と風の方向や状態を確認して、消化の指示を出す纏(まとい)には軽業師をあてるなど、
また、トレーニングについても、これまでに描かれたことが少なかった世界も知ることができました。
また、多数ある大名火消しの間の力関係や、町火消との関係なども描かれていく中で、庶民の生活についても、少しずつ見えてきました。
次々とシリーズが刊行されてきたのですが、時には主人公の松永源吾の父親の火消しの時代に戻ってみたり、
歴史に名を残している江戸の大火に関わってみたり、京、大坂での活躍なども描かれていました。
さらに、当時の消火や放火の技術、外国からの料理の紹介など、江戸時代の文化などにも触れることができる娯楽作シリーズです。
病みつきになること請け合いですので、お勧めします。現在までにこの羽州ぼろ鳶組シリーズとして、
火喰鳥、夜哭鳥、九紋龍、鬼煙管、菩薩花、夢胡蝶、狐花火、玉麒麟、双風神、黄金雛(羽州ぼろ鳶組 零)、襲大鳳(上)、襲大鳳(下)
の12巻が刊行されています。

                                             (作業療法学科 教授 中川昭夫)


紹介した本
・脳のなかの幽霊(角川文庫) V・S・ラマチャンドラン、サンドラ・ブレイクスリー 山下 篤子訳 図書館所蔵あり
・脳のなかの幽霊、ふただび(角川文庫) V・S・ラマチャンドラン、山下 篤子訳 図書館所蔵あり
・奇跡の脳ー脳科学者の脳が壊れたとき(新潮文庫) ジル・ボルト・テイラー、Jill Bolte Taylor 竹内 薫訳 図書館所蔵あり
・火喰鳥 羽州ぼろ鳶組(祥伝社文庫)(日本語)文庫 今村 翔吾著 978-4396342982
・夜哭鳥 羽州ぼろ鳶組(祥伝社文庫)(日本語)文庫 今村 翔吾著 978-4396343378
・九紋龍 羽州ぼろ鳶組(祥伝社文庫)(日本語)文庫 今村 翔吾著 978-4396343750
・鬼煙管 羽州ぼろ鳶組(祥伝社文庫)(日本語)文庫 今村 翔吾著 978-4396343972
・菩薩花 羽州ぼろ鳶組(祥伝社文庫)(日本語)文庫 今村 翔吾著 978-4396344238
・夢胡蝶 羽州ぼろ鳶組(祥伝社文庫)(日本語)文庫 今村 翔吾著 978-4396344481
・狐花火 羽州ぼろ鳶組(祥伝社文庫)(日本語)文庫 今村 翔吾著 978-4396344757
・玉麒麟 羽州ぼろ鳶組(祥伝社文庫)(日本語)文庫 今村 翔吾著 978-4396345044
・双風神 羽州ぼろ鳶組(祥伝社文庫)(日本語)文庫 今村 翔吾著 978-4396345464
・黄金雛 羽州ぼろ鳶組 零(祥伝社文庫)(日本語)文庫 今村 翔吾著 978-4396645808
・襲大鳳(上)羽州ぼろ鳶組(祥伝社文庫)(日本語)文庫 今村 翔吾著 978-4396345945
・襲大鳳(下)羽州ぼろ鳶組(祥伝社文庫)(日本語)文庫 今村 翔吾著 978-4396346232