こんにちは
大阪人間科学大学図書館です。
2026年も、図書館からさまざまな情報を発信してまいります。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
図書館では、教員の視点から選ばれた本を紹介する企画として、「図書館リレーインタヴュー」を掲載しています。
今回は心理学科 藤田先生に、専門分野や関心を反映した4冊をご紹介いただきました。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

こんにちは。
心理学科准教授の藤田益伸です。私は公認心理師・社会福祉士として福祉現場で支援に携わり、現在は教員として健康・福祉領域の心理学の研究・教育に携わっています。
皆さんは「なぜ人は人を助けるのだろうか?」という素朴な疑問を持ったことはありませんか? 私は支援現場と研究の間で、この問いの答えを探して長くぐるぐると回り道をしてきました。今回は、その思考の軌跡を辿る4冊をご紹介します。

『応用行動分析から対人援助学へ ―その軌跡をめぐって―』
望月昭編著
武藤崇編著
晃洋書房
1. スキルの先にある「選択肢の拡大」という自由
私の出発点は、応用行動分析(ABA)にありました。かつて私は「どうすれば相手の行動を変えられるか」というスキルに着目していました。しかし、望月先生が徹底的行動主義の立場から一貫して主張されるのは、「正の強化で維持される選択肢の拡大」です。
支援とは、相手をコントロールすることではなく、その人の人生における「自由な選択肢」を増やすこと。個人の適応を支えるだけでなく、社会の側を「正の強化」が働きやすい形へ整えていく。そんなダイナミックな視点の大切さを教えてくれました。

『社会福祉の思想入門 ―なぜ「人」を助けるのか―』
秋山智久著
ミネルヴァ書房
2. 「なぜ助けるのか」という根源的な問い
支援のあり方を「選択肢の拡大」と捉えたとき、次に出てきたのは「そもそもなぜ、私たちはそこまでして人を助ける必要があるのか?」という問いでした。この問いは、福祉現場で支援に携わる中で、常に私の頭を離れませんでした。
秋山先生のこの本は、福祉を単なる「困っている人への憐れみ」ではなく、人間が人間として生きるための「権利」と「社会連帯」の観点から解き明かします。そこには、助ける側・助けられる側という非対称な関係を、共に社会を構成する人間同士という対等な関係へと引き戻す力があります。効率や制度のためではなく、「その人がその人の人生の主人公として生きる」ために、なぜ支援という営みが不可欠なのか。専門職としての倫理と足元を固めるために、今も読み返す大切な一冊です。

『本当の勇気は「弱さ」を認めること』
ブレネー・ブラウン著
門脇陽子
サンマーク出版
3「弱さ」を認めることが、本当のつながりを生む
「助ける理由」を突き詰め、支援のあり方を深めていくと、次第に「支援する側(強い人)」と「される側(弱い人)」という境界線に違和感を抱くようになりました。そんな時に出会ったのが、このブレネー・ブラウンの言葉です。
彼女は、自分の不完全さや「弱さ(Vulnerability)」をさらけ出すことこそが、本当の勇気であり、人間らしいつながりの源泉だと説きます。支援者が「完璧な支援者」であろうとすることを手放し、自分自身の弱さを認めたとき、初めて相手と対等な「人間同士」として出会えるのだと気づかされました。

『Compassion――状況にのみこまれずに、
本当に必要な変容を導く、「共にいる」力』
ジョアン・ハリファックス著
一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュート監訳
海野桂訳
英治出版
4. 状況に飲み込まれず「共にいる」力
最後に辿り着いたのが、この「コンパッション」という概念です。相手の苦しみに直面したとき、私たちは「何とかしてあげなければ」と焦ったり、逆に苦しみに飲み込まれて共倒れ(共感疲労)したりしがちです。
著者のハリファックスは、「コンパッションとは対等な人間同士の間にのみ流れるもの」であると断言します。それは相手を「治すべき対象」として見る非対称な視点から、同じ苦しみを抱えうる人間として「共にいる」という対等な関係へ、支援のあり方を根本から引き戻すプロセスです。強い背骨(軸)と柔らかい正面(心)を持ち、相手を変えようとする執着を手放したとき、支援者もまた、ありのままの自分で相手の前に立つことができるのです。
(文:心理学科 藤田益伸先生)